紅葉狩りの由来は能の謡曲!?

11月といえば、紅葉狩りの季節ですよね。

ですが、紅葉狩りって、

「きのこ狩り」等とは違って、

採るものではありません。

では、なぜ「紅葉狩り」文字に“狩る”が、

使われているのでしょうか?

今回は紅葉の由来について、調べてみました。

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紅葉狩りの由来は見ること?

まず、紅葉狩りの由来について、

「手にとって見ることに由来する」

という説があります。

これはなぜかというと、

まずは、「狩り」という言葉の定義が、

時代によって変化したものという説明が、

なされていました。

私達の知っている“狩り”とは、

「獣を捕まえる」という意味から来ていることは、

あなたもご存知でしょう。

その意味が、だんだんと変化していき、

小動物や果実などにも用いられるようになりました。

ぶどう狩りなどが、その一例です。

そして、更に「狩り」という言葉が、

草花を眺めることにも用いられるようになったことから、

「紅葉狩り」となったのではないか?

とのことです。

これだけだと、一理あるような、無いような・・・。

ですが、紅葉狩りが流行った歴史的背景を見てみると、

狩猟をしない貴族たちの登場が、

あってのことだと思います。

なぜなら、狩猟をしない貴族たちにとって、

自然を愛でることそのものを「狩り」としていた、

という説もあるのです。

確かに、それならば狩猟を好まない貴族たちが、

草花を手にとって眺めることは、

ある種「狩り」と呼べるかもしれませんよね。

実際に古語辞典で「狩り」の意味を調べてみると、

「求めてとったり、鑑賞すること」も、

意味として含まれていました。

このように、紅葉狩りの由来は、

「貴族たちが草花を手にとって眺めること」

と、一説ではされています。

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能の謡曲にある「紅葉狩」が由来?

能の一曲に『紅葉狩』という物があります。

この能では、戸隠山(とがくしやま)に残る紅葉伝説(もみじでんせつ)が、

由来となっていました。

どうやらこの「紅葉伝説」が、

紅葉狩りの由来になったのではと、

一説では言われています。

説明文章を書いたのですが、その前に動画もありましたので、

動画が良い場合は、以下の動画をご覧ください。



その戸隠山に残る紅葉伝説について、ひと通り説明します。

調べたものを、

できるだけ分かりやすく書いているので、

参考までに。

平安の昔のこと、

奥州の会津に呉羽(くれは)が誕生しました。

呉羽は、夫婦が魔王に願って生まれたためか、

美貌と才知に恵まれて、育ちました。

呉羽から“紅葉”と名を改めた彼女は、

両親とともに京の都に登り、

美しい琴の名手として、都内でも、評判となりました。

それが源経基公の耳に届き、

紅葉は源経基公の侍女(お手伝いさんのようなもの)としました。

紅葉の美しさは、経基公の耳にも届き、

紅葉を召して夜を共にしました。

ここで、経基公の子を宿した紅葉は、

「経基公の寵愛(ちょうあい:とても大切に愛すること)を独り占めしたい!」と考え、

経基公の正妻に、呪術で除こうとしました。

しかし、紅葉の企てが露見してしまい、

信州の戸隠山(とがくしやま)に、流されてしまいます。

紅葉は、戸隠山から信濃(しなの)に至り、

川をさかのぼると水無瀬(みなせ)という山里に出ました。

紅葉は、信濃にいた里人に、

今まであった事の経緯を説明しました。

里人は紅葉を憐れみ、

内浦屋敷を建てて、そこに住まわせたそうです。

紅葉はこれに喜び、里人が病に苦しむと、

占いや加持祈祷(かじきとう)で、治してあげていました。

紅葉は、しばらく付近の里に偲んでいましたが、

月が満ちて、経基公との間に授かっていた、

玉のような男の子を産みました。

この子を見た紅葉は、

「一目経基公に見せたい」と思うようになり、

力づくでも都へ上ろうと考えました。

里人には

「経基公より迎えが来たので、都へ戻ります」

と言いおいて、再び戸隠山中に戻ると、

山中の山賊を配下にして、村々を襲い、

軍資金を集めました。

ここで、戸隠の鬼女として、

京にまで伝わり、冷泉天皇(れいぜいてんのう)が、

平維茂(たいらのこれもち)に鬼女対(紅葉退治)を命じました。

平維茂は笹平に陣を構えて出撃しました。

平維茂は山賊を打ち破り、紅葉の岩屋へと攻め寄せますが、

紅葉の妖術に阻まれ、維茂軍を道に迷わせ、

散々な目に遭います。

平維茂はなんとかして妖術を破る方法を考えたところ、

「妖術を破るには神仏の力にすがるほかない!」と考え、

別所温泉の北向観音に籠もるようになりました。

そして、満願の日に宝剣を授かります。

早速、維茂軍は紅葉のところへ攻め寄せました。

紅葉は妖術で退けようとしましたが、

宝剣の前では術が効きません。

やむなく雲にのって逃げようとする紅葉に対し、

維茂は宝剣を弓につがえて放つと、

それが紅葉の胸に刺さり、息絶えました。

これが戸隠山に伝わる、紅葉伝説です。

呪おうとしたのは悪いことですが、

紅葉も意外と可哀想な話だったように思いますね。
ちなみに。

能の中では、紅葉は「シテ」

平維茂は、「ワキ」という人物です。

さらに宝剣を授ける役として、

「アイ」という人物も登場するようですね。

さて、この登場人物である「紅葉」を狩ることから、

「紅葉狩り」と由来するという説も、あるそうです。

確かに、コチラは本当に討伐して狩っていますから、

あり得そうな話ですよね。

紅葉の由来について諸説ありましたが、

調べてみると意外と面白かったですね。

一度「紅葉狩」の能を見てみるのも、

良いかもしれません。

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